世に出ているさまざまな作品の中でフリーランスまたはコンサルタントが描かれており、それらにスポットを当ててご紹介する記事を今回から時折更新していきます。その第一弾が今回ピックアップする『パイナップルARMY』となります。
『20世紀少年』や『MONSTER』で知られる浦沢直樹氏のデビュー作『パイナップルARMY』は、元軍人で民間向け戦闘インストラクターのジェド・豪士を主人公とした作品です。豪士は戦闘において前線に立って戦うのではなく、顧客の課題を解決するために防衛術を教えたりと、あくまで「戦闘コンサルタント」の役割を担います。
分野としてはミリタリーに属しますが、フリーランスでありコンサルタントの役回りをする彼を描いたこの作品から、ひとつの生き方を学ぶことができます。前半部分で作品の概要を解説し、後半ではフリーランスとして、コンサルタントとしての側面に焦点を当てて見ていきます。
『パイナップルARMY』に描かれるフリーランス&コンサルタント
作品の内容をご紹介
『パイナップルARMY』の概要
1970年代にベトナム戦争を中心に様々な戦場で活躍し、戦いを生き延びたジェド・豪士は、リビアでの戦いを最後に戦場を離れて戦闘インストラクターを務めています。
依頼人は暗殺者に狙われている民間人やジェド・豪士の上官であった元軍人などさまざまで、基本的に各話の前半で豪士が依頼人に身を守るため、生き残るためのレクチャーを行い、後半で依頼人が暗殺者に襲われるなどの事件が発生します。戦いの中で依頼人がレクチャーされた内容を実践したり、豪士が陰ながらサポートをすることで敵を撃退するという短編形式が基本の構成となっています。
豪士は依頼を解決に導いていくうちに、テロリストを束ねる謎の人物と敵対することになります。その人物はベトナム戦争時に豪士と因縁をもつ人物であり、前線から身を引いた豪士はふたたび大きな戦いに巻き込まれていきます。
『パイナップルARMY』の特徴
豪士の戦争時代に縁のあった人物が敵または依頼人として登場することが多く、時には戦争ゆえの凄惨な回想を交え、彼らが銃を持つに至った背景や行動原理が描かれ、胸がスッとする読後感ではないビターな展開となることが多いのが特徴です。ベトナム戦争のような大きな戦いが終わってもなお、人々の心の中では戦争が終わっていないという心理が多く描かれます。
基本的には1話完結型で依頼人や敵が変わっていく形ですが、笑顔が特徴的で戦場でも場を和ませていたキースや、片方の口角が釣り上がるような笑みが特徴的で過去に豪士と敵同士であったコーツなど、魅力的な人物が物語の後半で再登場したりもします。
ハードボイルドな作風がベースではありますが、豪士の人間味や依頼人のこだわりがコミカルに織り交ぜられており、固すぎず崩れすぎない空気感で描かれています。本作は1985年から1988年まで連載された作品であり、昔の漫画にはなかなか手が伸びづらい方もいるかと思いますが、現代の感覚でも読みづらさを感じずに楽しめるはずです。
そして本作には、1話と最終話に漫画史に残るようなとあるギミックが仕掛けられており、最後まで読んで1話に立ち返ることで「そういうことか」とハッとする仕組みが設けられています。どのようなギミックかは、ぜひ作品を読みながらお楽しみいただければと思います。
フリーランス&コンサルタントとしての描かれ方
フリーランスならではの立ち回り
豪士は米国や欧州など世界各国で依頼を受け、組織関係に囚われず問題を解決していきます。主人公が1つの国や企業に所属する形で活躍する戦争ものや軍事ものは多くありますが、1人の依頼人に付きっきりではなく依頼が完了したら別の国や人物へ、という単話完結型で読者を飽きさせない形式を取れるのは、主人公がフリーランスの立場であるゆえだと感じます。
作品後半は国や思想を超えてコングロマリット化した巨大犯罪組織が豪士たちの敵となりますが、ソ連政府からは「国民に動きを悟られないフリーランスの傭兵」として豪士たち(先述のコーツなどが味方に加わります)が依頼を受けています。意外かもしれませんが、フリーランスという言葉は特定の君主に仕えない中世ヨーロッパの傭兵部隊「freelance(自由な槍)」を語源としており、この年代の作品にも登場する概念なのです。
また、物語が進み豪士がインストラクターとして実績を積み重ねていく中で、「おかげさまで商売繁昌でね」と明らかに実入りがよくなっている旨の発言があったり、ひとつの企業の専属インストラクターとして勧誘される描写が出てきます。フリーランスとして働いている方が本作を読むと、平和な現代社会にも重なる面があることに驚きや笑みがきっと浮かぶはずです。
フリーランスとしての案件獲得
豪士は民間の軍事援助組織の「CMA」から案件を受注しており、CMAは戦闘インストラクターと依頼人を仲介する形で豪士に依頼を与えます。FBIやCIAにとっての極秘資料が倉庫に保管されていたり、CMAへの依頼履歴から敵対する人物の正体を掴んだりと事件の解決のキーファクターになることもしばしばあります。
豪士が多忙ながらも日曜大工をしたり釣りに出掛けたりとオフの時間(その後の展開として、オフにはならないのですが)が取れるのも、彼がフリーランスの立場であるうえ、定期的に案件を紹介してくれるCMAの存在が大きいと言えます。時には直接依頼をしてくる人物もいますが、豪士としてはCMAを介して依頼をしてほしい様子が彼特有のシニカルな対応から伺えます。しばしば紹介案件へのスクリーニングの面で愚痴もこぼす一方で、CMAには一定の信頼も置いているようです。
ちなみに、要人の警護や軍事教育をおこなう民間軍事会社は現実社会にも存在しており、1980年代末期の誕生から2000年代のテロ対策で急成長した新興産業です。アメリカやイギリスにおいては正規軍の兵士経験者が社員として雇用されることが主ですが、国や企業によっては警察官や一般市民がフリーランスとして業務を委託されることもあります。
民間軍事会社は管理が行き届かず、汚職や民間人を巻き込んだ軍事衝突といった不祥事が起こることもあり、CMAのように最大限秩序を伴った組織運営をおこなうのは現実では困難と言えます。近年では、カルロス・ゴーンの国外逃亡を扶助したのがアメリカのPMC(民間軍事会社)のひとつであるとの見方もあり、日本においても完全に対岸の出来事とは言えないのが実情です。
史実をもとにベトナム戦争後の欧米社会をリアリティをもって描く『パイナップルARMY』は、このように現実での出来事を予見したようなハッとする描写が見られる点も読みごたえのあるポイントです。創作を史実と見まがうようなリアルさもまた、当作品の魅力のひとつなのだと痛感します。
コンサルタントとしての立ち回り
物語の中で豪士はあくまでインストラクターというポジションに立ち、依頼人の代わりに前線に立つのではなく依頼人を成長させ問題の解決に至らせる、「戦闘コンサルタント」のロールを担います。一方でただ傍観するだけではなく、依頼人が危機に直面しうる現場を陰ながら見守り、いざとなると手榴弾や拳銃やブービートラップなどを駆使してサポートする側面もあります。
特に豪士は有事の際の行動力と状況判断能力に優れており、空港に仕掛けられた爆弾を命がけで解除したり、暗殺者の1人の手首を切ることで出血量から「今、救急病院にかけこめば間に合うぞ」と交渉を行ったりと、映画のような臨場感で場面が展開していきます。インストラクターという裏方にスポットを当てながらエンターテイメントとしての緩急を作品に盛り込むことが出来ているのは、現場主義のコンサルタントという主人公の側面が効果を発揮しているためであると言えます。
インストラクターとしての豪士は戦争の悲惨さを経験しているがゆえに指導が厳しく、クライアントの課題(多くの場合は「死」という課題です)を解決するために本気で依頼人と向き合うプロフェッショナルマインドを持ちます。敵を倒すのではなく生き延びるための方法を指南するのが特徴で、身を守るために部屋のカーテンを閉めることやレストランで窓際の席に座らないこと、ドアの正面に立たないことなどを政府要人にレクチャーするシーンは印象的です。
戦争での活躍から軍人や政府関係者の間ではその名が轟いているものの、豪士は世間から広く認知はされません。テロリスト集団に打ち勝ったとしても国や政府から称賛されるようなことはありませんが、CMAの担当者からは「この依頼をこなせるのは彼しかいない」と評されます。そうした「影の花形」である豪士の生き方は、コンサルタントという職業の特徴を表しているといえるのではないでしょうか。
まとめ
今回の記事では、フリーランスとコンサルタントの側面をもつ戦闘インストラクターを描いた作品『パイナップルARMY』について、以下の点をご紹介しました。
- 戦争を絡めたハードボイルドな作風にコミカルな人間模様が混ぜられた読みやすい作品である
- 収入の向上や引き抜きなど現代のフリーランスにも通じる描写が描かれている
- 主従関係に縛られない傭兵という本来の意味での「フリーランス」としての面も描かれている
- 主人公は依頼人を成長させ問題の解決に至らせる「戦闘コンサルタント」の役割を担う
- 世間から広く認知はされないが身の周りの人間からは評される、影の花形としての生き方が描かれている
戦闘インストラクターとして豪士はクライアントと契約を結んでいますが、契約の範疇を超えてクライアントの生存にコミットする姿は見る人の心を動かします。クライアントの心を動かすコンサルタントになるための秘訣が、この作品から読み取れるのではないでしょうか。
民間の軍事援助組織「CMA」のような生死にかかわる案件は取り扱っておりませんが、当サイトWithConsulではフリーランスのコンサルタント向けの案件紹介を行っています。秩序をもった組織運営を心がけておりますので、どうぞ安心してご活用ください。