ガートナー社の調べでは、従業員の給与に関する何らかの意思決定にAIを用いている企業が増えているとのことです。

人工知能の発達によりビジネスシーンに用いられるケースが増えていますが、給与決定においてAIが主体的に決定する方式は、従業員が反感を抱くリスクがあることは容易に想定できます。同じくガートナー社の調査によると、約60%の企業がAIを用いた給与決定に対する従業員の反感を恐れていることが分かりました。

一方で、一定以上の規模の組織では従業員1人1人に対して給与を人力で策定することは時間的なコストが大きく、AIを用いることにより人的工数が削減できるのであれば有用と言えます。AIを用いる実用的なメリットと、人間の感情面でのリスクを照らし、落としどころを見つける必要があります。

そこでこの記事では、まずはAIを給与決定に利用することで生じる問題を挙げた後、AIの効果的な活用法についてご紹介します。給与決定にAIの導入を検討されている方は、ぜひ参考にしてみてください。

給与決定にAIを用いることで生じうる問題とは

従業員がAIによって給与を決められることに不満を抱く

先述のとおり、従業員がAIによる給与決定に反感を抱くケースがあります。

2020年の4月、日本IBMが賃金決定を支援するAIシステムを導入したことに対して、労働組合が「AIの運用に透明性がない」と反発し、AIに関する情報の開示を求め東京都労働委員会に救済を申し立てました。

日本IBMでは、社員の賃金を決める給与調整を年1回行っており、2019年8月と9月の給与調整に、IBMのAIである「Watson」および賃金決定の支援システム「Compensation Advisor with Watson」を導入しています。

以前より賃金決定への不信感があったところに当システムの不透明性が加わり、労働組合による申し立てに至ったとのことです。

上記の例は、AIを用いたツールの利用により、本来であれば開示されるべきデータが従業員1人1人に提示されない可能性があり、それが信用問題に発展することがあるということが分かります。元々の関係性にも要因はありますが、AIの導入がその関係性の悪化の起点となってしまう可能性があり得るのです。

給与決定の担当の仕事がAIに取って代わられる

給与決定をAIに一存した場合、それまで給与決定を行っていた人事の仕事が取って代わられ、失われてしまう可能性があります。AIが仕事を奪う可能性は様々な業種や業務において示唆されていますが、給与決定という業務も例外ではありません。

このケースでは、AIの導入自体に人事が反対するという可能性もあります。自身の仕事に取って代わりうる存在を招きうることは、それこそ人間の感情的に中々難しいのではないでしょうか。

成果主義的な評価体系になりうる

AIによる給与決定は、当然ながらインプットされたデータに基づいて行われます。そのため、より目に見えた成果を出している従業員には給与が多く支払われ、他者のフォローアップや中長期的な成果を出すための準備段階のタスクなど、数値化しづらいところで活躍している従業員の給与が軽視される恐れがあります。

この成果主義的な給与形態は、例えば短期的な成果を出し続けなければならない営業の部署であれば効果的かもしれませんが、スタートアップの事業など売上が出るまでタイムラグが生じる部門や人事や総務では反発が生じる可能性が多いにあります。

給与決定にAIを用いる際の効果的な活用法

三段階のAI活用を理解する

上記AIの導入によるリスクは、給与決定をAIに一存する形で生じます。AIに一任することで従業員の不信感が増加し、人事の仕事が取って代わられ、評価が成果主義に傾くことになり得るのです。

ガートナー社ではAIの活用を3段階で定義しており、それぞれの活用に適したシーンを挙げています。3段階のAIの活用を具体的に見ていきましょう。

・意思決定の自動化
AIによる処方的・予測的アナリティクスを利用して意思決定を行います。スピード・スケーラビリティ・一貫性に優れており、単純な意思決定や数秒~15分で意思決定を下さなければいけないケースに有用です。コールセンター業務における顧客の要件に対応するための最適な割り当てや高頻度の株式取引などがこれに適したタスクです。

・意思決定の拡張
AIによる処方的・予測的アナリティクスが人間の意思決定や代替案のレコメンデーションを行います。大量のデータの迅速な分析と人間の知識の相乗効果が生まれる利点があり、困難を伴う意思決定や数分~数時間で意思決定を下すケースに有用です。住宅ローンの提案や物流の遅延への対応などがこれに適したタスクです。

・意思決定の支援
記述的・診断的・予測的アナリティクスによる支援を受け、人間が主体となって意思決定を行います。人間の知識や専門性や文化、常識、感情とAIによるデータを組み合わせて活用できることに利点があり、複雑で混沌とした状況下での意思決定や緊急性のない意思決定の際に有用です。従業員の雇用や企業の合併買収などがこれに適したタスクです。

つまり、この3段階とはAIにタスクをほぼ任せること、人間の意思決定との両立を図ること、人間の意思決定のサポートに利用することを指します。

部分的な活用からAI導入のステップを踏む

上記3段階の活用を参照すると分かるように、AIは部分的な導入から行うことができます。

給与決定は緊急性がなく担当者の意思決定には数日から数週間の猶予があり、業績に応じた昇給の判断のような複雑な処理を伴うため、「意思決定の支援」が適していると言えます。

まずは人間の意思決定にAIがサポートに回る形態での活用から始め、自動化できる面が多く見出された場合はAIによる意思決定の度合いを増す形での活用が理想であると考えられます。

まとめ

今回の記事では、給与決定におけるAIの活用について、以下のような内容をお書きしました。

  • AIを用いた給与決定により、従業員の不満、給与担当者の反発、成果主義的な評価体系への偏向というリスクが生じる
  • AIの活用には3段階あり、処理の複雑さや緊急性により意思決定の自動化、拡張、支援に分けられる
  • 給与決定のAI導入は部分的な活用から行い、意思決定の支援から時宜に応じて活用範囲を広げるのが理想的である

給与決定に限らず、AIの導入には効率化というメリットと人間心理的な反発というリスクがあります。双方の折衷案を探る際に、AIの3段階の活用は有意義なソリューションを提示してくれるのではないでしょうか。

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